事業承継シリーズ2 事業承継・M&Aの形式(スキーム)|札幌で税理士・公認会計士に無料相談ご希望の方は熊谷亘泰事務所へ!
2022/04/08
目次
はじめに
事業承継やM&Aと聞くと何となく意味は分かるけど具体的にどのような形で行うのかわからない方も多いと思います。実際に事業承継やM&Aにはいくつかの方法があり、それぞれ特徴があります。いくつか方法がある理由はそれぞれの企業によって事情が異なるためです。方法だけでなく共通点や違いを理解いただければ幸いです。まず、簡単に特徴を一覧でご紹介し、その後詳しい説明をします。
事業承継及びM&Aの形式一覧
用語名 | 特徴 | 承継 | 従業員承継 | 企業の異動 | 意思決定 |
---|---|---|---|---|---|
株式譲渡 | 特定企業の株式(持分)を他者に譲渡する | 包括承継 | 特になし | 特になし | 譲渡承認決議が必要な場合あり |
事業譲渡 | 企業の資産および負債を他社に譲渡する | 個別承継 | 個別協議 | 特になし | 法人の場合株主(社員)総会決議が必要 |
吸収合併 | 法人を別法人に取り込む形で一本化する | 包括承継 | 原則引継 | 承継元法人消滅 | 原則株主総会特別決議が必要 |
新設合併 | 複数の法人が新法人を設立して一本化する | 包括承継 | 原則引継 | 旧法人消滅、新法人設立 | 原則株主総会特別決議が必要 |
新設分割 | 一部事業を切り分けて新会社を設立する | 包括承継 | 異動事業関係者は原則引継 | 新会社設立 | 原則株主総会特別決議が必要 |
吸収分割 | 一部事業を切り分けて別の会社に引き継ぐ | 包括承継 | 異動事業関係者は原則引継 | 特になし | 原則株主総会特別決議が必要 |
株式交換 | 別会社が全株式買取、別会社株式を受取る | 包括承継 | 特になし | 特になし | 原則株主総会特別決議が必要 |
株式移転 | 新会社が全株式買取、新会社株式を受取る | 包括承継 | 特になし | 特になし | 原則株主総会特別決議が必要 |
株式交付 | 別会社が株式買取と株式交付を行う | 包括承継 | 特になし | 特になし | 原則株主総会特別決議が必要 |
相続・贈与 | 個人間で無償で株式(持分)を移転する | 包括承継 | 特になし | 特になし | 贈与は当事者双方の合意で可能 |
株式譲渡
事業承継やM&Aの方法で最もシンプルでわかりやすい方法です。株式を別のものに譲渡して法人の支配権を移転することを図る方法です。株式譲渡は広義では上場株式などのトレーディングにおける売却も含みますが、ここでの株式譲渡は会社の支配権が移るほど持分割合が大きく変動するものを指してお話します。
上場企業では子会社化による経営支配権獲得のためによく使う方法ですし、中小企業でも現オーナーが次のオーナーに経営権を引き継ぐ際に用いられます。
株式譲渡の場合何かしらの対価を伴います。対価は現金であることが多いですが、場合によっては別会社株式など現物の場合もあります。現物対価は別の会社との関わりを持たせる場合や現金よりも別の財産のほうが合理的な場合などに用います。
株式譲渡は会社の所有者の変更にすぎず、会社そのものには特に変化がありません。そのため会社をそのまま存続させつつ、買収対象の新しい形に対応させる場合に向いています。また、株式の売買は当事者同士の個別契約で当事者の合意でできるため、株主数が少なく1株主の保有割合が高い場合特にオーナー企業や中小企業のM&Aに向いています。
なお、株式譲渡という表現をしましたが、合同会社のなど他の会社形態でも持分譲渡の形で行うことができます。
事業譲渡
事業譲渡は株式譲渡と異なり事業財産そのものを譲渡する方法です。大企業、中小企業問わず行うことができ、株式や持分がそもそもない個人事業主や社団、財団でも行うことができます。また、個人事業主が法人成りし事業財産を引継ぐ場合も事業譲渡となります。株式譲渡と異なる点として大きいのは、
1.譲渡する財産や引き継ぐ従業員を個別に指定する
2.法人の場合株主(あるいは社員)による決議・同意が必要である
です。事業譲渡そのものは個別の売買取引のため法人解散に直ちにはつながりませんが、譲受企業に全財産を譲渡すれば当然法人解散につながります。譲渡する財産や引き継ぐ従業員を個別指定する必要があるため、M&Aでは、一部財産や従業員のみ引き継ぐ場合に向いています。また、先述の通り個人事業主や社団・財団がM&Aを行う場合に向いています。
吸収合併
ここまでお話しした株式譲渡と事業譲渡は個別の売買契約であるため、シンプルでわかりやすく数量や対象財産を指定する場合には使い勝手が良い方法ですが、会社の中身を全て一括して譲渡・買収する場合には手間がかかります。特にある程度大規模の会社のM&Aでは事務負担がとても大きくなります。そこで、会社法では会社形態の法人同士での事業承継やM&Aに限り利用できる、会社を一括で承継できる制度が設けられています。その中でも従来からある制度が吸収合併です。
吸収合併はある会社が別の会社をまるごと吸収し自分の会社の中に取り込む方法で、買収対象の別の会社は吸収合併により当然消滅します。吸収合併は吸収する会社の経営に影響し、かつ買収される会社は消滅するため、双方の会社で株主(社員)総会の特別決議(総株主の過半数が出席し、出席した株主の株式総数の3分の2以上が賛成)が必要になります。ただし、吸収する存続会社では消滅会社の財産総額が存続会社の純資産の5分の1未満であれば取締役会決議のみで構いません。
近年はいきなり一つの会社にすると事業の一本化や社風の統一などで大変な負担となることから、譲渡・買収時に吸収合併を利用するケースはまれで、まず会社を消滅させない方法で譲渡・再編を行って緩やかに事業の一本化や社風の統一などを図り、ある程度一本化できた時点で吸収合併して会社を統合することが多いです。吸収合併は社風が似通っており、ある程度力のある企業に一任して事業承継やM&Aを進める場合に向いています。
新設合併
合併には存続会社がある吸収合併のほか、合併対象会社同士が新会社を設立し、合併する旧会社は消滅する新設合併という制度があります。制度としてはありますが、設立・解散それぞれで登記や官公署への届出が必要なうえ、取引先とのやり取りにも負担がかかるためM&Aの方法としてはほとんど用いられていません。新たに会社を設立して統合を図る場合は後ほど説明する株式移転が多く用いられます。
吸収分割
合併は会社をまるごと他の会社に承継または譲渡するのに対し、特定の事業だけ承継または譲渡したいニーズもあります。特定の事業だけ切り分けて承継または譲渡する方法としては先述の事業譲渡がありますが、承継または譲渡する財産や従業員を個別に指定する必要があるため、手続が煩雑です。そこで、事業に関する財産や従業員を包括的に他の会社に引き継ぐ方法として吸収分割という制度があります。吸収分割によって特定の事業に属する財産や従業員は引継先に包括的に引き継がれます。主に複数の事業を手掛けている企業が一部の事業を、その事業に強い企業に引き継いだり、事業を展開しようとしている他の企業に手早く引き継ぐのに向いています。
なお、吸収分割は当事者が株式会社または合同会社である場合に利用可能です。
新設分割
吸収分割は既に存在する会社に一部の事業を引き継ぐ制度ですが、新会社を設立してその新会社に事業を引き継ぐ方法もあります。この方法を新設分割といい、株式会社または合同会社が行うことができます。新設分割には2種類あり、新会社の株式を分割した会社が引き受ける「分社型分割」と分割した会社の株主(社員)が引き受ける「分割型分割」です。「分社型分割」は比較的規模の大きい会社で特定の事業での経営を意思決定を円滑化し柔軟な事業展開をしやすくしたり、人事制度を見直したりする場合によく用いられます。「分割型分割」は比較的規模の大きい会社でグループ内の子会社を整理する際によく用いられます。
中小企業では事業の正式な事業承継やM&Aに先立って別会社を設立して、今後の事業承継やM&Aに向けた準備を時間をかけて行いたい場合に向いています。なお、分社する新会社の形態は株式会社や合同会社である必要はなく、合資会社や合名会社でも可能です。
株式交換
先述の通り合併は実施すると同時に複数の法人が1つの法人に統合されるため、事業承継やM&Aにあたっていきなり行うと社風や人事制度、業務の仕組みを一気に統合することになり業務負担の急増と社内の混乱が起こりやすくなります。そこで、実質的に経営統合を図りつつ、会社は別々のままにしておくことで緩やかに統合や引継ぎを進めることができる「株式交換」という制度があります。株式交換はまずある当事会社が別の当事会社の株式をすべて買い取ります。同時に別の当事会社の株主に自社の株式を引換えに交付します。これにより、交換対象になった会社はもう一方の会社の完全子会社になります。「株式」を交換する制度であるため、売手(完全子会社になる会社)は株式会社である必要があります。
この制度は、社風や仕組みを合わせるには時間がかかるものの、事業承継やM&Aを手っ取り早く行いたい場合で引受先として比較的力のある企業が存在する場合に向いています。また、金銭や財産を必要としないためM&A資金の調達が難しい場合にも向いています。
株式移転
株式交換は既に存在する会社が親会社となります。一方、新会社を設立して新会社の子会社として経営統合を図る方法もあり、「株式移転」と言います。よく「○○ホールディングス」という持株会社を設立して経営統合を図る場合に用いられます。株式移転ではまず経営統合の中心となる会社を設立し、その新会社が統合対象の各社の株主から既存の株式をすべて買い取り、引き換えに新会社株式を各社の株主に交付します。これにより既存の各社は新会社の完全子会社となります。「株式」移転とある通り株式が新会社に移転し新会社が株式を代わりに交付するため、完全子会社となる当事会社及び新会社はいずれも株式会社である必要があります。
株式交換と異なり新会社を設立するため、社風や仕組みを合わせるには時間がかかるものの、事業承継やM&Aを手っ取り早く行いたい場合で統合する各社がそれぞれ影響力を温存したい場合やなかなか有力な引受先が見つからない場合に向いています。また、金銭や財産を必要としないためM&A資金の調達が難しい場合にも向いています。
株式交付
株式交換や株式移転は、M&A前の姿を残しながら実質的な経営統合を図れる点が使いやすい点です。それでも売手側の企業は完全子会社しなければ成立しないため、売手株主が複数いて持分割合がそれなりにある株主が反対すると頓挫するリスクがあるのが難点でした。また、完全子会社にしなくてもよいと考える場合には利用できませんでした。そこで、令和元年度会社法改正で、買手企業が売手企業を子会社化するために売手企業の株主から株式を買い取りその対価として買手企業の自社株式を交付する「株式交付」という制度ができました。
株式交付が利用できるようになったことでこれまでよりも円滑にM&Aを行うことができるようになりました。ただし、株式交付を行うためには親会社となる買手の株主総会で特別決議を経ると共に、子会社となる売手の定款に株式譲渡制限条項が定められている場合は株式譲渡について売手の株主総会または取締役会での承認決議が必要になります。また、株式交付の買手、売手ともに株式会社である必要があります。
おわりに
今回は事業承継あるいはM&Aの方法についてお話しました。今回の記事で事業承継やM&Aの形は理解できるのではないかと思います。どんな形であれ、実際に進めるにあたってはいくつかのプロセスを経ることになり、プロセスを一つでも欠くと事業承継やM&Aを実行した後大きなトラブルにつながり、結果として失敗につながります。そこで次回第3回は事業承継やM&Aのプロセスについてお話します。今回お話しした事業承継やM&Aの方法によってプロセスが異なる点はありますが、基本的な流れはどのような形式であれ共通しています。次回の記事をご覧いただけると更にイメージがわきやすいのではないかと思います。